
(エルサレムのホロコースト記念館で2018年10月4日、犠牲になったユダヤ人を追悼し、献花するドイツのメルケル首相=ロイター【2018年10月5日 朝日】)
【キッパ着用を控えなければいけないのら「我々は歴史と向き合うことに失敗したのだ」】
およそ人間というものは、異質な他者を差別することで安心感や優越感を得る生き物のようで、どのような社会にも“差別”が存在します。差別は、貧困や格差に対する不満の“はけ口”になりやすいようにも思われます。
欧州であれば、差別の対象になりやすいのが、歴史的・宗教的にユダヤ人であったり、ロマ(ジプシー)であったりします。
そうした、いわれき差別は、教育の拡充や社会の成熟とともに本来薄れていくのでは・・・との期待もありますが、現実問題としては、ここ数年、むしろ差別が顕在化する流れにあります。
かつてホロコーストを生み、厳しい反省のうえに成り立っているはずのドイツ社会にあっても、ユダヤ人差別が現実の脅威となるような事態が起きています。
反ユダヤ主義の脅威の高まりに対し、ドイツ政府が「(ユダヤ人への暴力を未然に防止するため)ユダヤ教徒がキッパ(信者の男性がかぶる伝統的な帽子)を着用することは勧められない」としたことが、大きな反発を招きました。
批判を受けて、一転、キッパ着用でユダヤ教徒への「連帯」を示すことを呼びかけることに。
****ドイツ政府、ユダヤ教徒の帽子着用で「連帯」を呼び掛け****
反ユダヤ主義が勢いを増すドイツで、恒例のイスラエルへの抗議デモを今週末に控え、政府はユダヤ教徒に連帯を示す手段として、信者の男性がかぶる伝統的な帽子「キッパ」の着用を市民に呼び掛けている。同政府は、キッパをかぶることは危険だとした警告を撤回した形だ。
ドイツ政府内で反ユダヤ主義対策を率いるフェリクス・クライン氏は先週末のインタビューで、ドイツ国内のあらゆるところで常にユダヤ教徒がキッパを着用することは勧められないと述べ、騒動となった。
イスラエルのレウベン・リブリン大統領はクライン氏の発言にショックをあらわにし、ドイツに暮らすユダヤ教徒は安全でないことが示されたと述べた。
だが27日になり、クライン氏はシュテフェン・ザイベルト首相報道官による介入を受け、前言を撤回。「6月1日のアルクッズ(エルサレムの意)の日にベルリンで、イスラエルやユダヤ教徒に対する容認し難い攻撃があった場合、ベルリンと全国の市民に対し、キッパを着用することを呼び掛ける」と発表した。アルクッズはイスラエルのエルサレム支配に抗議する毎年恒例の行事で、来月1日に予定されている。
ザイベルト首相報道官は記者会見で「自由な信仰が全ての人々にとって可能であるように、政府は配慮しなければならない。そしてキッパを着用した人が十分安全に、わが国のどこにでも行けるよう取り計らう義務がある」と述べていた。(中略)
他の西欧諸国同様、ドイツでも近年、反ユダヤ主義や人種差別に基づくヘイトスピーチや暴力が増加しており警戒されている。ドイツ内務省の統計によると、昨年は反ユダヤ主義の犯罪が20%増加。こうした犯罪の90%が極右勢力によるものだという。 【5月28日 AFP】
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反ユダヤ主義対策を統括する責任者が「キッパを着用することは勧められない」と発言したことは、現実対応的なものではありますが、ホロコーストなどの歴史に向き合い、克服しようとのドイツの試みが“失敗”したことを認め、そうした現状を追認するものとも考えられ、大きな批判を受けています。
****独紙、1面に「切り取り用」のユダヤ帽 着用呼び掛け****
独紙ビルトは27日付の1面に、「キッパ」と呼ばれるユダヤ帽の切り取り用イラストを掲載した。政府高官がユダヤ人らにキッパ着用を控えるよう勧告したのに対し、読者が連帯を示すために切り取って使おうと呼び掛けた。
ビルトは公式サイトに掲載した動画で、イラストを切り取って帽子にする方法も紹介している。
同紙のユリアン・ライヒェルト編集局長は「着用して友人や近所の人たちに見せてください。子どもたちにキッパのことを説明してください」「キッパをかぶった写真をフェイスブックやインスタグラム、ツイッターに投稿してください。これを着けて街に出てください」と書いている。
独政府の反ユダヤ主義対策を統括する責任者が最近、ユダヤ人を狙った襲撃事件などの増加を受け、公共の場でのキッパ着用は勧められないと発言したことに対し、ライヒェルト氏は強く反論。「もしそうならば、そして今後もそうあり続けるなら、我々は歴史と向き合うことに失敗したのだ」と主張した。
そのうえで読者に対し、「自分の身を危険にさらさずにキッパを着けることができない、という人が国内に1人でもいるなら、答えはただひとつ。みんなでキッパをかぶろう」と呼び掛けた。【5月28日 CNN】
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【反ユダヤ主義者が増えたというより、「かつてはタブーとされていた意見を口に出せる雰囲気になったため」】
ドイツを含めた欧州における反ユダヤ主義の拡大は、2月20日ブログ“フランス、そして欧州全土で「毒のように広がる」反ユダヤ主義 コービン英労働党党首は反ユダヤ?”でも取り上げました。
****欧州に根強い反ユダヤ主義、新たな広がりも CNN調査****
欧州で長年の歴史を持つ反ユダヤ主義が、現在も各地に根強く残り、さまざまな形で新たに顕在化していることが、CNNの調査で明らかになった。
CNNはこのほど、欧州7カ国の成人7000人以上を対象に実施した調査などを基に、反ユダヤ主義の現状をまとめた。
その結果、ユダヤ人に対する古くからの固定観念が欧州全体に残っていることが分かった。
調査対象者のうち、ビジネス・金融分野については4人に1人以上、メディア・政治分野については5人に1人が、ユダヤ人の影響力は強すぎると感じていた。特にハンガリーでは42%が、ユダヤ人は世界のビジネス・金融に過大な影響力を持っていると答えた。
反ユダヤ主義の問題が深刻化しているとの認識を示す人は44%を占める一方、自国での反感は主にユダヤ人自身の日常的な行動が原因だと考える人も18%に上った。
ポーランドでは50%の人が、ユダヤ人はホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺)を利用してのし上がろうとしているとの見方を示した。ハンガリーでは、ユダヤ人に不快感を抱いたことがあるとの回答が19%に達した。
ポーランドのラビ(ユダヤ教指導者)を代表するマイケル・シュードリッヒ氏はこの現状について、反ユダヤ主義者が増えたというより、「かつてはタブーとされていた意見を口に出せる雰囲気になったため」と分析する。
ドイツでは難民の大量流入に反発して極右勢力が台頭し、難民だけでなくユダヤ人の排斥も堂々と主張するようになったという背景がある。
首都ベルリンで取材した右翼団体の集会には、刑法で禁止されたナチス式の敬礼をしてみせる男性や、ユダヤ人の秘密結社が世界を支配しているとの説を唱える参加者がいた。
ユダヤ人の間では、欧州で増え続けるイスラム系移民や、パレスチナ紛争をめぐりイスラエルに強い反感を持つ左翼からの反ユダヤ感情を恐れる声も強かった。
全体として、反ユダヤ主義が顕在化してきた背景にはいくつもの要因が複雑に絡み合い、特効薬となる解決策はないことがうかがえる。
反ユダヤ主義を抑えるために、ホロコーストを記憶にとどめる教育が有効だという意見は全体の半数を占めた。
だが一方で、ホロコーストの知識が全く、またはほとんどないと答えた人が3分の1を超えている。フランスでは若年層の20%が、ホロコーストを「聞いたこともない」と答えた。
シュードリッヒ氏にこの統計への感想を尋ねると、一瞬の沈黙に続き、「私にはまだやるべき仕事があるという気持ちにさせられる」との答えが返ってきた。【2018年11月27日 CNN】
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「かつてはタブーとされていた意見を口に出せる雰囲気になったため」・・・・非常に重要な論点だと思われます。
SNSなどで、フェイクニュースを含む無責任な発信が溢れている現状、政治的にはトランプ大統領の登場以来、ポリティカルコレクトネスを気にせず(差別的傾向を含む)“本音”を語ることが日常化している現状、同じく差別的な移民排斥が大ぴらに主張されるようになった現状・・・そうしたものが背景にあるように思われます。
ドイツ、欧州の場合、反イスラエル・ユダヤ人のアラブ系移民の大量流入も大きく影響したと指摘されています。
****欧州で反ユダヤ主義の拡大を懸念****
(中略)
ドイツでは反ユダヤ主義の言動で告訴された件数は年平均1200件から1800件だ。
これまでその90%は極右派グループやネオナチたちの仕業だったが、「過去2年間でイスラム系住民の反ユダヤ主義の言動が増えてきた」という。
2年前といえば、2015年、100万人を超える中東・北アフリカ諸国からのイスラム系難民がドイツに殺到した時期と重なる。
だから「イスラム系難民の収容は反ユダヤ主義を輸入したことになった」という見解が出てくるわけだ。
多くの難民は反ユダヤ主義が社会に深く刻み込まれたアラブ諸国から来た人たちだ。彼らは母国で「ユダヤ人は悪魔だ。世界の悪はユダヤ民族の仕業だ」といった教育を小さな時から受けてきている。
ドイツ治安関係者は「アラブ系住民のユダヤ人憎悪は深刻なテーマだ」と主張しているほどだ。(後略)【2018年12月12日 長谷川良氏 アゴラ】
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確かにそういう側面はありますが、それだけにとどまるならアラブ系住民の反ユダヤ人感情という昔からある話です。
アラブ系住民以外においても、前述のようなSNS・ネット社会、トランプ政治、移民排斥などネガティブスローガンの顕在化といった現状が差別を拡大・顕在化させているところが深刻な問題です。
当然ながら、反ユダヤ主義と、国家としてのイスラエルの施策を批判することは全くの別物です。
エルサレムのホロコースト記念館を訪問したメルケル首相は「反ユダヤ主義と対決」を明言すると同時に、イスラエルの入植地拡大や「ユダヤ人国家法」などは明確に批判しています。
****独首相「反ユダヤ主義と対決」 ホロコースト館で決意***
イスラエルを訪問したドイツのメルケル首相は4日、エルサレムのホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺)記念館で、犠牲になったとされる約600万人のユダヤ人を追悼した。
ロイター通信によると、メルケル氏は「ドイツはこの犯罪を永遠に記憶し、反ユダヤ主義や外国人嫌悪、憎悪や暴力と対決する責任がある」と述べた。
ドイツでは多くの難民を受け入れたメルケル氏に批判も多く、反難民を掲げる極右勢力も台頭している。
(中略)メルケル氏はまた、イスラエルと将来の独立したパレスチナの「2国家共存」を支持するとし、イスラエルによる入植地拡大はその障害になっているとした。
イスラエル国会が可決した「ユダヤ人国家法」についても「民主主義国家においては、マイノリティーの権利は守られるべきだ」と懸念を示した。
同法は、イスラエルをユダヤ人の民族的郷土とし、自決権はユダヤ人にのみ認め、公用語はユダヤ人の使うヘブライ語に限るとしている。(後略)【2018年10月5日 朝日】
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