国際旧ユーゴ戦犯法廷(ICTY)は4月3日、非アルバニア人を虐殺した罪に問われていたラムシュ・ハラディナイ氏の無罪評決を下しました。
ハラディナイ氏はコソボ解放軍(KLA)の司令官として、コソボ北西部のDukadjinにおいて1998年にセルビア人やロマを40人殺害し、虐待やレイプを行ったとされています。
2004年にはにコソボの(事実上の)首相に就任しましたが、05年に起訴され、裁判が07年3月から始まっていました。
4日、コソボに帰国したハラディナイ氏を空港で数千人の支持者が出迎えたそうです。恐らく“英雄”として。
また、コソボのサチ首相は無罪判決を歓迎する声明を出しています。
当然、セルビア側は怒っています。
セルビアのタディッチ大統領は、ICTYは「信頼性を失った」とコメントしています。
ICTYのある判事は、80人以上いた証人は報復を恐れて証言に消極的であったため裁判は困難なものとなったと語っています。
また、裁判中に1人の証人が交通事故で亡くなりもう1人が撲殺されるなど、不可解な事件もあったとか。
コソボの国連暫定統治機構が証人の保護に熱心でなかったとの指摘もあります。【4月11日 IPS】
そのほか、無罪判決の背景として、セルビア側もICTYに対して積極的に証拠を提出しなかったことが指摘されています。
このことの意味合いはよくわかりませんが、セルビア自身も、戦争犯罪容疑者であるラトコ・ムラディッチ元将軍と政治指導者のラドバン・カラディッチの身柄を確保して引き渡すようICTYから要請されていることの絡みでしょうか。
ムラディッチ元将軍は、第2次世界大戦後のヨーロッパ最大の惨劇といわれる「スレブレニツァの虐殺」を指揮・命令したとして、ジェノサイドの罪、人道に反する罪などに問われています。
国連防護部隊(UNPROFOR)は95年7月、ボスニア・ヘルツェゴビナ北東部の街、スレブレニツァに「安全地帯」を設け、ムスリムをそこに避難させていました。
しかし軽装備の国連部隊は武力で勝るセルビア人武装勢力に脅されるかたちで、結局“安全地帯”のムスリム8千人をセルビア人側に引渡しました。
その後ムスリムはバスやトラックで連行され、山林などで虐殺されました。
このときの国連部隊は、国際貢献を意気込んで参加したオランダ部隊でした。
オランダにとっても、海外派兵のあり方を問われる深刻な傷跡を残し、内閣総辞職にも至っています。
(07年11月19日 http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20071119 参照)
そのムラディッチ元将軍は、セルビアにとっては“英雄”であり、ICTYからの厳しい身柄引渡し要求にもかかわらず、いまもセルビア国内に潜伏しています。
セルビアではムラディッチ元将軍を支持する1万人規模のデモも行われ、その際の横断幕には「ムラディッチ氏はセルビアの誇りだ」と書かれていたとか。
ムラディッチ元将軍の引渡し問題は、セルビアのEU加盟交渉の大きな障害になってきました。
ところで、2月17日のコソボ独立宣言の後、コソボを国家として承認したのはEU加盟の18カ国、米国、日本など計36カ国にとどまっています。
コソボ議会は4月9日、新憲法を採択しましたが、新憲法はセルビア系住民など少数派への配慮をにじませたものとなっているそうです。【4月9日 毎日】
そのコソボの現状に関して、気になる記事を目にしました。
****北部のセルビア人地区、本国への再統合機運****
セルビアからの独立を2月に宣言したコソボでは今、少数派となったセルビア人が住む北部で、逆に独立コソボから分離し、セルビア本国への再統合を求める動きが出ている。
すでにセルビアとコソボ北部間の検問所は実質的機能を失いつつあり、セルビア国鉄の列車は乗客の旅券のチェックすらなしに、コソボ北部までの運行を再開していた。
◇国連も「黙認」
コソボの独立宣言以前は違った。コソボ内の鉄道は国連コソボ暫定統治機構(UNMIK)の管轄下におかれ、セルビア国鉄は手を出せなかった。
その代わり、レサクからの列車は、セルビア人地区の南端であるズベチャン駅を越え、アルバニア系居住地域まで運行されていた。
だが今は、独立宣言に反発するセルビア側が、セルビア人地区の管轄権を奪い取った形だ。
ミトロビツァ(終着駅 コソボ北部のセルビア人居住地域)では、国連の管理する建物にもセルビア国旗が翻っていた。市内に住むアンドリアさん(42)は「住民が勝手に付けた旗だけど、反発が怖くて国連も外せないんだ」と話す。
国連関係者によると、セルビアとコソボの境界に置かれていた税関も、セルビア人地区とアルバニア系地区の境界に移設されたという。
ミトロビツァからセルビア国内に車で戻った際に通過した検問所でも、旅券チェックはなし。検問所では、現地で平和維持活動を行う中国軍兵士が軽く手を振り、「行け」と合図しただけだった。【4月11日 毎日】
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旅券チェックがなく、税関すらセルビア人地区とアルバニア系地区の境界に移設・・・となると、実質的に居住区境界が国境の扱いということになりますが、今後コソボ側がそれを表立って認める形になるのでしょうか?
少数派は保護するより、“国外”へ除外したほうが簡単と言えば簡単ですが、一方で、“領土”の分離ということにもなります。
今後、大荒れしそうな感じもします。
かりに、そのような形でコソボ北部がセルビア側に再統合されたとしても、その地域にはアルバニア人が少数派として存在しているでしょうし、またコソボ領内には多くのセルビア人が残存します。
いずれにしても、“少数派への配慮”“民族和解”が不可欠であることにはかわりがありません。